武井直也




武井直也(たけい なおや、1893年6月16日 – 1940年2月5日)は、日本の彫刻家である。




目次






  • 1 来歴


  • 2 作風


  • 3 年譜


  • 4 代表作品


  • 5 参考文献


  • 6 外部リンク





来歴


長野県諏訪郡平野村(現岡谷市)に生まれ、同村の篆刻家八幡郊処の影響で彫刻家を志した。上京後、戸張孤雁に師事し、東京美術学校(現東京芸術大学)彫刻本科塑像部を卒業。日本美術院展に3年連続入選した後、1924年フランスへ留学、同郷の清水多嘉示らとパリに住む。ブールデル門下に入り、東洋人初の塾長となった。1927年帰朝、日本彫刻界にフランス近代彫刻の新しい風を吹き込んだ。昭和の初めころより東京下落合にアトリエをもって製作に没頭し、1936年には日本彫刻家協会を結成してそのリーダーとなった。1940年腸チフスのため東大病院で急逝した。47歳であった。



作風


作風は、ブールデルに学んだ簡明で、堅固な構成から、帰国ののち、院展時代には次第に浪漫的傾向を表し、自由でおおらかな独自の作風へと発展をしていった。大理石彫刻が多い。



年譜



  • 1893年(明治26年) - 長野県諏訪郡平野村(現岡谷市)西堀に生まれる

  • 1906年(明治39年) - 小井川尋常高等小学校卒業

  • 1914年(大正3年) - 東京聖学院中学5年次に編入

  • 1915年(大正4年) - 東京美術学校彫刻本科彫塑部入学

  • 1918年(大正7年) - 日本美術院展へ「折井先生胸像」を出品し初入選を果たす

  • 1920年(大正9年) - 東京美術学校卒業

  • 1924年(大正13年) - フランスへ留学、清水多嘉示らとパリに住む

  • 1927年(昭和2年) - 帰国、フランス留学中の作品を発表

  • 1932年(昭和7年) - 日本美術院同人となる

  • 1936年(昭和11年) - 日本彫刻家協会を結成

  • 1940年(昭和15年) - 腸チフスのため東大病院で急逝



代表作品




『尾澤福太郎翁壽像』



  • 恩師ブールデル像

  • 尾澤福太郎翁壽像

  • 岩倉氏像(座像、胸像)

  • 岩波翁肖像

  • まどろみ(大理石、塑像)

  • 男立像

  • 男座像



  • 二人女(レリーフ)

  • 風神(枠付レリーフ)

  • 勝利(枠付レリーフ) 他裸婦像等多数



参考文献


  • 滝澤忠義「信州とフランス」1996年 桐原書店


外部リンク


  • 岡谷蚕糸博物館・岡谷美術考古館(岡谷インターネット美術館)



Popular posts from this blog

浄心駅

カンタス航空