小林伸樹
























































































小林 伸樹 Football pictogram.svg
名前
カタカナ
コバヤシ ノブキ
ラテン文字
KOBAYASHI Nobuki
基本情報
国籍
日本の旗 日本
生年月日
(1968-05-03) 1968年5月3日(50歳)
出身地
東京都
身長
180cm
体重
75kg
選手情報
ポジション
DF
ユース

國學院久我山高校
クラブ1

クラブ

出場

(得点)
1987-1988
三菱重工

0

(0)
1988-1990
エリースFC東京




1990-1993
東京ガス




1994-1997
エリースFC東京





エリースシニア





1. 国内リーグ戦に限る。..現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

小林 伸樹(こばやし のぶき、1968年5月3日[1] - )は、東京都出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。




目次






  • 1 来歴


  • 2 所属クラブ


  • 3 個人成績


  • 4 脚注


  • 5 外部リンク





来歴


1987年に國學院久我山高校(同期に浦上壮史)を卒業し、國學院大學に進学。在学のまま三菱重工業サッカー部に在籍し[2]、1シーズン所属(出場なし)[3] の後、東京都リーグのエリースFC東京へ移籍。


1990年には「日本リーグを目指す」と勧誘されて[4]東京ガスサッカー部(現 FC東京)でプレー。関東リーグ及び全国地域リーグ決勝大会で優勝を果たした[4]。1991年に大学を卒業し、東京ガスに入社。社員選手としてプレーを続け、DF大熊清とセンターバックでコンビを組んだ[2]


1993年に退部すると社業を務めつつ、再びエリースへ。1994年の関東大会で優勝し、クラブを関東リーグへ昇格させた。


1997年、東京ガスサッカー部はJリーグ2部に参入する見通しをつけ、活動を活発化させていた。サッカー部事務局長の鈴木徳彦は、同部OBからもフロントスタッフの人材を求め、上司の鳥原光憲から了承を得て[2]小林を抜擢。1998年より異動となり、小林はポスティングやチラシ配りを始めとする地道な営業で[5][2]クラブの集客と認知度の向上に努めた。以後FC東京においても広報や試合運営を担当している[1][5]



所属クラブ



  • 國學院久我山高校

  • 1987年 - 1988年 日本の旗 三菱重工業サッカー部

  • 1988年 - 1990年 日本の旗 エリースFC東京

  • 1990年 - 1993年 日本の旗 東京ガスサッカー部

  • 1994年 - 1997年 日本の旗 エリースFC東京


  • 日本の旗 エリースシニア



個人成績


日本サッカーリーグ成績 1部(1シーズン出場なし)/ 2部(1シーズン1試合出場0得点0アシスト)


  • JSL(2部)初出場:1991年10月30日 第12節 対東邦チタニウム戦(厚木市荻野運動公園)

[6]



脚注




  1. ^ ab登録役員 追加・変更・抹消のお知らせ Jリーグ (2004年7月30日)

  2. ^ abcd荒川裕治 『FC東京の挑戦』 小学館、2001年、130-136頁。


  3. ^ 「日本サッカーリーグ全史」編集委員会 『日本サッカーリーグ全史』 日本サッカーリーグ、1993年、242頁。

  4. ^ ab『フットボールサミット 第11回』 カンゼン、2013年、179-180頁。

  5. ^ ab『フットボールサミット 第11回』 カンゼン、2013年、101頁。


  6. ^ 「日本サッカーリーグ全史」編集委員会 『日本サッカーリーグ全史』 日本サッカーリーグ、1993年、200-215,242。




外部リンク




  • 平成25年度 キャリアデザイン 講師プロフィール - ウェイバックマシン(2013年12月17日アーカイブ分) - 武蔵野大学

  • 國學院大學久我山高校サッカー部OB会「久蹴会」




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