ロン・バス (プロレスラー)
ロン・バス | |
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プロフィール | |
リングネーム | アウトロー・ロン・バス カウボーイ・ロン・バス ロニー・バス サム・バス |
本名 | ロナルド・ハード |
ニックネーム | 暴れ馬 |
身長 | 191cm - 193cm |
体重 | 130kg - 135kg |
誕生日 | (1948-12-21) 1948年12月21日[1] |
死亡日 | (2017-03-07) 2017年3月7日(68歳没)[1] |
出身地 | アメリカ合衆国 アーカンソー州 ポインセット郡ハリスバーグ[1] |
スポーツ歴 | アメリカンフットボール |
デビュー | 1972年[2] |
ロン・バス("Outlaw" Ron Bass、本名:Ronald Heard、1948年12月21日 - 2017年3月7日[3])は、アメリカ合衆国のプロレスラー。アーカンソー州ハリスバーグ出身。
現役選手時代はカウボーイ・スタイルの大型ヒールとして活躍。スタン・ハンセンのパートナーとなり、インターナショナル・タッグ王座に就いたことでも知られる(第30代王者)[4]。
目次
1 来歴
2 得意技
3 獲得タイトル
4 脚注
5 外部リンク
来歴
アメリカンフットボール選手を経て、1972年にプロレスラーとしてデビュー[2]。アラバマのNWAガルフ・コースト地区を主戦場に、フレッド、ボビー、ドンのバス・ブラザーズ(The Bass Brothers)の一員として悪名を馳せる[2]。1976年にはダッチ・バスことダッチ・マンテルと組み、3月19日にリップ・タイラー&エディ・サリバンからガルフ・コースト・タッグ王座を奪取した[5]。1976年よりカンザスシティのNWAセントラル・ステーツ地区に入り、翌1977年2月に全日本プロレスに初来日している[6]。
帰国後は太平洋岸エリアで活動し、オレゴンでは1977年4月23日にジミー・スヌーカからパシフィック・ノースウエスト・ヘビー級王座を奪取[7]。ロサンゼルスではドクター・ヒロ・オオタ、ムーンドッグ・ロニー・メイン、ロディ・パイパーをパートナーに、1978年2月から4月にかけて、チャボ・ゲレロ&ヘクター・ゲレロ、チャボ・ゲレロ&エル・ハルコンなどのチームを破ってアメリカス・タッグ王座を3回に渡り手にしている[8]。同年下期からは地元ミッドサウスのNWAトライステート地区(後のMSWA)に参戦。12月25日にキラー・カール・コックスからブラスナックル王座を奪取し[9]、翌1979年1月11日にはレイ・キャンディを破ってアーカンソー・ヘビー級王座も獲得した[10]。
1979年下期より、ジェリー・ジャレットとジェリー・ローラーが主宰していたテネシー州メンフィスのCWAに登場。6月にロバート・フラー、7月にランディ・タイラーを破り、AWA南部ヘビー級王座を2回獲得している[11]。CWAではドン・バスとバス兄弟を再結成し、1980年9月には当時テネシー地区との招聘ルートを持っていた国際プロレスにドンを帯同して来日。体調不良のために来日不能になったモンゴリアン・ストンパーが自分に代わるエースとして送り込んだ刺客という設定のもと、10月11日に越谷にてラッシャー木村のIWA世界ヘビー級王座に挑戦した[12][13]。
1981年からはNWAの南部テリトリーを転戦。ジム・クロケット・ジュニア主宰のミッドアトランティック・チャンピオンシップ・レスリングではベビーフェイスのポジションに回り、TV王座を巡ってグレッグ・バレンタインやイワン・コロフと抗争[14]。ジム・バーネット主宰のジョージア・チャンピオンシップ・レスリングではヒールに戻り、1982年3月15日にトミー・リッチからナショナル・ヘビー級王座を奪取している[15]。
同年8月、NWAルートで全日本プロレスに再来日。以降、全日本の常連外国人となり、1983年4月12日に松山にて、スタン・ハンセンと組んでジャイアント馬場&ジャンボ鶴田を破り、インターナショナル・タッグ王座を獲得した[4]。その後もブルーザー・ブロディ不在時のハンセンのタッグ・パートナーとして活躍[16]。当時のハンセンとのコンビは、ラリアット・ライダーズ(The Lariat Riders)とも呼ばれた。
その間、本国アメリカでは1982年9月よりエディ・グラハム主宰のチャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダに進出。ベビーフェイスとしてビッグ・ジョン・スタッドやアブドーラ・ザ・ブッチャー、ボビー・ダンカン、アンジェロ・モスカらと抗争し、リック・フレアーが保持していたNWA世界ヘビー級王座にも度々挑戦[17]。バリー・ウインダムともタッグを組んだが、やがてヒールターンしてブラック・バートとのカウボーイ・コンビ、ロング・ライダーズ(The Long Riders)を結成[18]。J・J・ディロンをマネージャーに迎え、ウインダム&マイク・ロトンド、ダスティ・ローデス&ブラックジャック・マリガンなどのチームと抗争を繰り広げた[19]。1983年7月20日のマイアミでの興行では、ニューヨークからフロリダに遠征してきたボブ・バックランドのWWFヘビー級王座に挑戦している[20]。
1984年にはマネージャーのディロンと共に、ロング・ライダーズとしてミッドアトランティック地区に参戦。NWAミッドアトランティック・タッグ王座の最後のチャンピオン・チームとなり[21]、シングルではリッキー・スティムボートやバズ・タイラーと抗争したが、1985年下期にディロン&バートと仲間割れを起こしてチームを解散。以降は再びベビーフェイスとなり、11月28日開催のスターケードではディロン&バートを相手にテキサス・ブルロープ・マッチの2連戦を行った[22]。
その後は古巣のフロリダを経て、1987年よりWWFに登場。ミッドカードに出場する中堅ヒールのポジションながら、サバイバー・シリーズではテネシー時代の盟友ジミー・ハートやホンキー・トンク・マンと結託した[23][24]。1988年10月16日に開催されたキング・オブ・ザ・リングでは1回戦でザ・バーバリアン、2回戦でショーン・マイケルズを破り勝ち進んだが[25]、準決勝の対戦相手だったテッド・デビアスに買収され決勝進出を譲っている[26]。同年はブルータス・ビーフケーキとも抗争を展開し、1988年12月7日収録(1989年1月7日放送)のサタデー・ナイト・メイン・イベントで髪切りマッチによる決着戦が行われるも敗退[27]。放送から1週間後のロイヤルランブルには丸刈りで出場した[28]。
WWFとの契約終了後はインディー団体を転戦し、1991年に引退してフロリダ州タンパに居住。引退後もオールドタイマーによるリユニオン・イベントに登場してエキシビション・マッチを行っており、2005年1月29日にタンパで開催された "WrestleReunion" ではラリー・ズビスコと組んでUSエクスプレスと対戦[29]。2012年3月31日にマイアミビーチで行われたプロレスリング・スーパースターズ主催の "Tribute To Championship Wrestling From Florida" では、メインイベントのタッグチーム・エリミネーション・マッチに出場した[30]。
2017年3月7日、虫垂炎の手術後の合併症により死去[31][32]。68歳没[31]。
得意技
オクラホマ・スタンピード(未公開に終わったが、国際プロレス来日時は「テキサス・スタンピード」と呼称していた)- ブルドッギング・ヘッドロック
- エルボー・ドロップ
- ラリアット
獲得タイトル
- ガルフ・コースト・チャンピオンシップ・レスリング / サウスイースタン・チャンピオンシップ・レスリング
- NWAガルフ・コースト・ヘビー級王座:1回[33]
- NWAガルフ・コースト・タッグ王座:2回(w / ドン・バス、ダッチ・バス)[5]
- NWAサウスイースタン・ヘビー級王座:1回[34]
- NWAサウスイースタン・タッグ王座:1回(w / ランディ・ローズ)[35]
- NWAミッドアメリカ / コンチネンタル・レスリング・アソシエーション
- NWAテネシー・タッグ王座:2回(w / ドン・バス)[36]
- AWA南部ヘビー級王座:2回[11]
- AWA南部タッグ王座:1回(w / スタン・レーン)[37]
- セントラル・ステーツ・レスリング
- NWAセントラル・ステーツ・タッグ王座:1回(w / ケン・マンテル)[38]
- パシフィック・ノースウエスト・レスリング
- NWAパシフィック・ノースウエスト・ヘビー級王座:1回[7]
- NWAパシフィック・ノースウエスト・タッグ王座:2回(w / ジョン・アンソン、ムーンドッグ・ロニー・メイン)[39]
- NWAハリウッド・レスリング
- NWAアメリカス・タッグ王座:3回(w / ドクター・ヒロ・オオタ、ムーンドッグ・ロニー・メイン、ロディ・パイパー)[8]
- NWAトライステート
- NWAトライステート・ブラスナックル王座:1回[9]
- NWAアーカンソー・ヘビー級王座:1回[10]
- ミッドアトランティック・チャンピオンシップ・レスリング
- NWAブラスナックル王座(ミッドアトランティック版):1回[40]
NWA TV王座(ミッドアトランティック版):1回[14]
- NWAミッドアトランティック・ヘビー級王座:1回[41]
- NWAミッドアトランティック・タッグ王座:1回(w / ブラック・バート)[21]
- ジョージア・チャンピオンシップ・レスリング
- NWAナショナル・ヘビー級王座:1回[15]
- チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ
- NWAフロリダ・ヘビー級王座:2回[42]
- NWA南部ヘビー級王座(フロリダ版):2回[43]
- NWA USタッグ王座(フロリダ版):4回(w / ブラック・バート×3、ワンマン・ギャング)[44]
- NWAフロリダ・グローバル・タッグ王座:1回(w / バリー・ウインダム)[45]
- 全日本プロレス
NWAインターナショナル・タッグ王座:1回(w / スタン・ハンセン)[4]
脚注
- ^ abc“Ron Bass”. Wrestlingdata.com. 2017年3月9日閲覧。
- ^ abc『全日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P58(2002年、日本スポーツ出版社)
^ “ハンセンの相棒ロン・バスさん死去 馬場、鶴田組からインタータッグ奪取”. デイリースポーツ. (2017年3月8日). https://www.daily.co.jp/ring/2017/03/08/0009979456.shtml 2017年3月8日閲覧。
- ^ abc“NWA International Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月28日閲覧。
- ^ ab“NWA Gulf Coast Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2013年8月19日閲覧。
^ “The AJPW matches fought by Ron Bass in 1977”. Wrestlingdata.com. 2015年10月25日閲覧。
- ^ ab“NWA Pacific Northwest Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月7日閲覧。
- ^ ab“NWA Americas Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月7日閲覧。
- ^ ab“NWA Tri-State Brass Knuckles Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月7日閲覧。
- ^ ab“NWA Arkansas Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月7日閲覧。
- ^ ab“NWA/AWA Southern Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月25日閲覧。
^ 『忘れじの国際プロレス』P102(2014年、ベースボール・マガジン社、ISBN 4583620802)
^ “The IWE matches fought by Ron Bass in 1980”. Wrestlingdata.com. 2015年10月25日閲覧。
- ^ ab“NWA Mid-Atlantic Television Title”. Wrestling-Titles.com. 2008年4月12日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2015年10月25日閲覧。
- ^ ab“NWA National Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月7日閲覧。
^ 『プロレスアルバム55 スーパー・タッグ Now!』P21(1985年、恒文社)
^ “The CWF matches fought by Ron Bass in 1982”. Wrestlingdata.com. 2015年10月25日閲覧。
^ “The CWF matches fought by Ron Bass in 1983”. Wrestlingdata.com. 2015年10月25日閲覧。
^ “The CWF matches fought by Ron Bass in 1984”. Wrestlingdata.com. 2015年10月25日閲覧。
^ “WWE Yearly Results 1983”. The History of WWE. 2009年6月28日閲覧。
- ^ ab“NWA Mid-Atlantic Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月25日閲覧。
^ “NWA Starrcade 1985”. Cagematch.net. 2015年10月25日閲覧。
^ “WWF Survivor Series 1987”. Cagematch.net. 2015年10月25日閲覧。
^ “WWF Survivor Series 1988”. Cagematch.net. 2015年10月25日閲覧。
^ “WWF King Of The Ring 1988”. Cagematch.net. 2014年8月21日閲覧。
^ “WWE Yearly Results 1988”. The History of WWE. 2014年8月21日閲覧。
^ “WWF Saturday Night's Main Event #19”. Cagematch.net. 2015年10月25日閲覧。
^ “WWE Yearly Results 1989”. The History of WWE. 2015年10月25日閲覧。
^ “WrestleReunion”. Cagematch.net. 2015年10月25日閲覧。
^ “PWS Tribute To Championship Wrestling From Florida”. Cagematch.net. 2015年10月25日閲覧。
- ^ ab“'Outlaw' Ron Bass dead at 68”. SLAM! Sports (March 7, 2017). 2017年3月9日閲覧。
^ “Former professional wrestler ‘Cowboy’ Ron Bass dies at TGH”. WFLA News Channel 8 (March 8, 2017). 2017年3月9日閲覧。
^ “NWA Gulf Coast Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月25日閲覧。
^ “NWA Southeastern Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月25日閲覧。
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^ “NWA Tennessee Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月25日閲覧。
^ “AWA Southern Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月25日閲覧。
^ “NWA Central States Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月25日閲覧。
^ “NWA Pacific Northwest Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月25日閲覧。
^ “NWA Brass Knuckles Title [Mid-Atlantic]”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月25日閲覧。
^ “NWA Mid-Atlantic Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月25日閲覧。
^ “NWA Florida Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月25日閲覧。
^ “NWA Southern Heavyweight Title [Florida]”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月25日閲覧。
^ “NWA United States Tag Team Title [Florida]”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月25日閲覧。
^ “NWA Global Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月25日閲覧。
外部リンク
- Profile at Online World of Wrestling
- ロン・バスのプロフィール - Cagematch.net, Wrestlingdata.com, Internet Wrestling Database
- WWE Where Are They Now?
- "Outlaw" Ron Bass passes away