嵯峨野観光鉄道SK100形客車






















































































































嵯峨野観光鉄道SK100形客車

SK100-1 登場時の姿
SK100-1 登場時の姿

基本情報
運用者
嵯峨野観光鉄道
種車
JR西日本トキ25000形貨車[1]
製造年
1967年
改造所
西日本旅客鉄道鷹取工場[2]
改造年
1991年[2]
改造数
3両[2]
運用開始
1991年4月27日[3]
投入先
嵯峨野観光線 トロッコ嵯峨駅 - トロッコ亀岡駅間[3]
主要諸元
軌間
1,067[4] mm
最高速度
75[7] km/h
車両定員
64名[7]
自重
17.6 t[7]
全長
14,186[5][6] mm
車体長
13,386[5][6] mm
全幅
2,845[5][6] mm
車体幅
2,485[5][6] mm
全高
3,625[5] mm
車体高
3,625[5][6] mm
床面高さ
1,200 mm[5][6]
車体
普通鋼
台車
枕ばね:重ね板ばね、軸箱支持:固定式 TR209A[5][6]
車輪径
860 mm
固定軸距
1,650 mm[5][6]
台車中心間距離
9,386 mm[5][6]
制動装置
自動空気ブレーキ[7]
保安装置
ATS-SW[4]
備考
SK100-1、2登場時の値を示す。
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嵯峨野観光鉄道SK100形客車(さがのかんこうてつどうSK100がたきゃくしゃ)は1991年(平成3年)にトキ25000形貨車から3両が改造された嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車用客車である[1]。本項では、SK100形と編成を組んで使用され、機関車を遠隔制御する運転台をもつ嵯峨野観光鉄道SK200形客車(さがのかんこうてつどうSK200がたきゃくしゃ)、オープン構造の嵯峨野観光鉄道SK300形客車(さがのかんこうてつどうSK300がたきゃくしゃ)についてもあわせて記載する。




目次






  • 1 概要


  • 2 車体


  • 3 走行装置


  • 4 側窓改造


  • 5 運用


  • 6 脚注


    • 6.1 注釈


    • 6.2 出典




  • 7 参考文献


    • 7.1 書籍


    • 7.2 雑誌記事


    • 7.3 Web資料







概要


1989年(平成元年)3月に西日本旅客鉄道(JR西日本)山陰本線嵯峨駅 - 馬堀駅間が電化準備及び複線化のため新線に切り替えられ、1899年(明治32年)開業の旧線は廃線となった[8]。一方、JR西日本社内には経営基盤確立を目的とした線区別経営改善推進チームが1987年(昭和62年)11月に設立されており、山陰本線については旧線を活用した活性化が検討されていた[9]。また、地元を中心に旧線の運転再開の要望が強く、JR西日本の子会社として設立された嵯峨野観光鉄道によって1991年(平成3年)4月に日本初の観光専用鉄道嵯峨野観光線として復活した[10][11][8]


運転再開にあたり、トキ25000形貨車の台車、台枠を流用し、車体を新製したトロッコ型客車4両が準備され、DE10形機関車を動力車として常時嵯峨駅方に連結する運転形態がとられた[12]。客車4両のうち2両は窓を設けない開放構造の中間車SK100-1、2[13]、1両は客室に窓を設けた中間車SK100-11[14]、1両は馬堀駅方先頭に連結され、機関車を遠隔制御する運転席をもち、客室に窓を設けたSK200-1となった[14]。車体塗装は平安ロマンをモチーフとし、窓下にアールデコ風のデザインが描かれた[13]。座席にはナラ材が用いられ、SK200-1の運転席直後以外はボックスシートとなった[4]。好調な利用実績を受け、1998年(平成10年)には側面に格子状の柵を設けるなど、より開放的な構造を採用したSK300-1が同じくトキ25000形からの改造で追加された[15]。SK300-1には「ザ・リッチ」の愛称がつけられた[16]。2000年(平成12年)にはSK100形、SK200形全車に対し、窓付きだった2両は開口部を拡大し、他の2両とともに上側に固定窓、下側を下降窓とする改造を施し、全車ほぼ同様の外観となっている[17][14]





































































SK100形・200形・300形で諸元が異なる点
形式
SK100-1 SK100-2 SK100-11 SK200-1
SK300-1
定員(人)[5][6][7][18]
64 60 62
自重(t)[5][6][7][18]
17.6 18.0 18.6 17.6
全高(mm)[5][6][16]
3625 3,890 3,625
台車[5][6][18]
TR209A TR209
種車[19]
トキ28370 トキ28266 トキ28360 トキ27591 トキ25833
製造年
1967年 1966年
製造所
若松車両 日立製作所 若松車両 川崎車輛
三菱重工業
改造年[2][20]
1991年 1998年
改造所[2][20]
西日本旅客鉄道鷹取工場 JR西日本テクノス


車体




SK100-11 登場時の姿
















SK200形先頭部


SK200形の運転席

SK200形先頭部



SK200形の運転席




4両ともJR西日本トキ25000形の台枠、走行装置を流用し、車体は新製された[12]。SK100-1、2は開放構造の車体で側窓無し、SK100-11、SK-200-1は建築用のサッシを使用した窓をもつ密閉型の車体で、密閉型の2両は屋上にキハ35系気動車より発生した通風器を1両あたり3台備える[21][13][14]。SK300-1はより開放的な構造となり、屋根の2/3を強化ガラスとし、側面と座席部分の床面を格子状としている[15]。5両とも平安ロマンをモチーフとした塗装が採用され、車体全体は平安の王朝色である緋色、山吹色でまとめられ、窓下にアールデコ風の黒の模様が入れられた[22]。SK200-1のトロッコ亀岡駅寄りには、機関車を遠隔制御する平面ガラスで構成された展望室タイプの運転台が設けられた[14][12]。運転台には制御用機器に加え、速度計、圧力計、ATS-SW形機器が搭載され[4]、運転台中央上部には前照灯と後部標識灯が設置された[6][14]。側面片側一か所に速度検出装置付き戸閉め装置を備えた乗降用の扉が設けられた[4]。乗降用扉および戸閉機械は50系客車の発生品を使用し[21]、どの車両からでもドアの一斉操作を行うことができる[5]


















SK200-1車内


SK300-1車内

SK200-1車内



SK300-1車内




車内にはナラ材を圧縮、難燃加工を施した材料で作られた木目調の4人掛ボックスシートがSK100形では16組、SK200形では14組配置され、SK200形の運転台直後は2人掛ロングシートとなった[23][5][4]。SK300形も同様にナラ材のボックスシートを備えるが、扉付近に車椅子スペースを設置したため、16組のうち一組は2人掛となっている[16]。灯具類はレトロ感を出すため全車白熱灯とされた[5][4][15]



走行装置




SK300-1のTR209台車


台車はトロッコのイメージであるゴツゴツした乗り心地を残すため、あえて種車のベッテンドルフ台車TR209系(重ね板バネ、軸受固定支持)が流用され、連結器もあえて遊間の大きい並型連結器が使用されている[7]。制動装置は自動空気ブレーキである[7][15]。保守の容易化のため客車には電源が搭載されず、電力は機関車に搭載されたバッテリから供給される[5]。SK200形の運転台から遠隔制御するための引き通し線が床下に設置されている[4]。SK200形にはツリ合空気ダメ、供給空気ダメが設けられている[5]



側窓改造


2000年(平成12年)2月25日付で、SK100形、SK200形全車のリフレッシュ工事がJR西日本テクノスで施工された[24][25]。密閉構造だった2両は開口部を拡大するとともに上側固定、下側下降の窓を設置、開放構造だった2両にも同構造の窓を設置[17]、従来の外板の外にもう1枚外板を取り付け、その間に窓を落とし込む構造が採用され、全車ほぼ同様の外観となった[13][14]。開放構造だった2両の屋根上にも通風器が取り付けられた[14]。SK100-11の扉付近には車椅子スペースが設置されたため、定員が4名減少した[26]




運用




お披露目展示会でのトロッコ列車
(1991年4月、大阪駅)





保津川橋梁をわたる嵯峨野観光鉄道の列車


山陰本線嵯峨駅 - 馬堀駅間は京都鉄道の一部として1899年(明治32年)8月15日に開業した際に建設された路線を使用していたが、電化準備及び複線化のため1989年(平成元年)3月25日に新線に切り替えられ、廃線となった[8]。旧線は車窓景観が良かったことから、復活の要望が地元を中心に強く、JR西日本社内に1987年(昭和62年)11月に設立された経営基盤確立のための線区別経営改善推進チームでも山陰本線の活性化のため旧線を活用する検討が行われていた[9]ことから、JR西日本の子会社として嵯峨野観光鉄道が設立され[27]、トロッコ嵯峨駅 - トロッコ亀岡駅間7.3 km[注釈 1]の運行が1991年(平成3年)4月27日に再開された[3]。運転再開にあたり、JR西日本からDE10形ディーゼル機関車1両とトキ25000形貨車4両を譲受し、機関車は塗装変更、貨車はトロッコ形客車に改造などの整備が行われた[12]。客車のうち2両は窓がない開放構造だったため、雨天時はアクリル板を窓代わりに取り付けていた[13]。両端駅とも機回し線の設備がないため、常にトロッコ嵯峨寄りに機関車を連結した編成で運転され、トロッコ亀岡行きとして運転される際はSK200形に設けた運転席から機関車が遠隔操作される[11]。観光を主目的とした路線であることから、観光客が訪れる時間を中心に1日8往復が運転され[6][4]、冬季2か月は車両整備などのため運休となる[6]。水曜日は運休だが[6]、観光シーズンには水曜日も運転され、臨時便が運転されることもある[28]。開業当初は年間輸送人員22万人程度と予想されたが、毎年60万人以上が利用するなど好調な実績を上げたことから1998年(平成10年)より開放的な構造を採用したSK300形「ザ・リッチ」を増備している[29]。全車指定席として運転され、前売りも行われる[30]が、SK300形は構造上荒天時には乗車できないことから運行当日に指定席が販売される[31]。1999年(平成11年)末の運休期間に開業時からの4両について窓の改造が行われた[17]。観光シーズンには当日券が午前中に完売するほどの人気路線[32]となり、2013年(平成25年)には年間輸送人員が100万人を超えている[33]。2015年(平成27年)には年間123万人を輸送[注釈 2]、乗客の1/3を日本人以外が占めている[34]




SK100-11車内に設置されたダルマストーブ


2015年(平成27年)3月からの試験運行を経て、同年12月から冬季は3号車(SK100-11)、4号車(SK100-1)の座席を一部撤去し、ダルマストーブを設置したストーブ列車として運行している[31][35]



脚注



注釈





  1. ^ 旧線時代の嵯峨駅 – 馬堀駅間の営業キロは9.4 kmであり、7.3 kmは新線経由の営業キロにあわせて設定されたものである[27]


  2. ^ 1列車の定員304人、1日8往復、年間300日運行、うち150日で臨時便1往復が追加された場合の年間輸送力は150万人なので、乗車率は約80 %となる。




出典




  1. ^ ab『鉄道ピクトリアル』通巻678号p.66

  2. ^ abcde『新車年鑑1992年版』p.191

  3. ^ abc『新車年鑑1992年版』p.156

  4. ^ abcdefghi『新車年鑑1992年版』p.130

  5. ^ abcdefghijklmnopqrs『鉄道ピクトリアル』通巻544号p.70

  6. ^ abcdefghijklmnopq『鉄道ピクトリアル』通巻544号p.71

  7. ^ abcdefgh『新車年鑑1992年版』p.184

  8. ^ abc『歴史で巡る鉄道全路線 公営鉄道・私鉄04』p.17

  9. ^ ab『鉄道ピクトリアル』通巻544号p.68


  10. ^ 『知られざる鉄道』p.12

  11. ^ ab『知られざる鉄道』p.13

  12. ^ abcd『歴史で巡る鉄道全路線 公営鉄道・私鉄04』p.32

  13. ^ abcde『ローカル私鉄車輌20年』p.72

  14. ^ abcdefgh『ローカル私鉄車輌20年』p.73

  15. ^ abcd『新車年鑑1999年版』p.124

  16. ^ abc『新車年鑑1999年版』p.125

  17. ^ abc『新車年鑑2000年版』p.100

  18. ^ abc『新車年鑑1999年版』p.175


  19. ^ 『ローカル私鉄車輌20年』p.157

  20. ^ ab『新車年鑑1999年版』p.181

  21. ^ ab『鷹取工場回想(創業100年の記録)』p.206


  22. ^ 『鉄道ピクトリアル』通巻544号p.80


  23. ^ 『鉄道ピクトリアル』通巻544号p.69


  24. ^ 『新車年鑑2000年版』p.193


  25. ^ 『新車年鑑2000年版』p.194


  26. ^ 『座席のご案内』

  27. ^ ab『新車年鑑1992年版』p.101


  28. ^ 『運行スケジュール』


  29. ^ 『新車年鑑1999年版』p.100


  30. ^ 『歴史で巡る鉄道全路線 公営鉄道・私鉄04』p.16

  31. ^ ab『嵯峨野トロッコ ストーブ列車2015』


  32. ^ 『京滋乗り物図鑑 嵯峨野トロッコ列車』


  33. ^ 『外国人観光客の〝ドル箱〟ツアーになった京都・トロッコ列車 USJから流入…2年連続100万人突破の秘訣』


  34. ^ 『嵯峨野観光鉄道物語』


  35. ^ 『京の“底冷え”対策完了 京都・嵯峨野トロッコ列車に「だるまストーブ」あすから運行』




参考文献



書籍



  • けいてつ協會 『知られざる鉄道』 JTB、1997年。ISBN 4-533-02660-5。

  • 寺田裕一 『ローカル私鉄車輌20年』 JTBパブリッシング、2003年。ISBN 4-533-04512-X。

  • JR西日本神戸支社鷹取工場100年史編集委員会 『鷹取工場回想(創業100年の記録)』 JR西日本鷹取工場、2000年1月。



雑誌記事


  • 『鉄道ピクトリアル』通巻544号(1991年6月・電気車研究会)

    • 嵯峨野観光鉄道(株)運輸課長 杉野弘幸「嵯峨野観光鉄道の概要」 pp. 68-72

    • 「嵯峨野観光鉄道車両デザイン決定」 pp. 90



  • 『鉄道ピクトリアル』通巻582号「新車年鑑1992年版」(1992年5月・電気車研究会)

    • 藤井信夫、大幡哲海、岸上明彦「各社別車両情勢」 pp. 96-110

    • 鉄道ピクトリアル編集部「嵯峨野観光鉄道SK100・200形」 pp. 130

    • 「1991年度に開業した鉄道・軌道」 pp. 156

    • 「民鉄車両諸元表」 pp. 181-184

    • 「1991年度車両動向」 pp. 184-209



  • 『鉄道ピクトリアル』通巻582号「新車年鑑1999年版」(1999年10月・電気車研究会)

    • 藤井信夫、大幡哲海、岸上明彦「各社別車両情勢」 pp. 91-107

    • 嵯峨野観光鉄道 運輸課 内田隆雄「嵯峨野観光鉄道 SK300形「ザ・リッチ」」 pp. 124-125

    • 「車両諸元表」 pp. 174-175

    • 「1998年度車両動向」 pp. 176-185



  • 『鉄道ピクトリアル』通巻678号「特集 譲渡車両」(1999年12月・電気車研究会)
    • 鉄道ピクトリアル編集部「現有旅客用譲渡車両一覧」 pp. 62-68


  • 『鉄道ピクトリアル』通巻692号「新車年鑑2000年版」(2000年10月・電気車研究会)

    • 藤井 信夫、大幡 哲海、岸上 明彦「各社別車両情勢」 pp. 101-119

    • 「1999年度 車両動向」 pp. 187-201



  • 『歴史で巡る鉄道全路線 公営鉄道・私鉄』通巻4号「京福電気鉄道・叡山電鉄・嵯峨野観光鉄道・京都市交通局」(2013年3月・朝日新聞出版)

    • 「嵯峨野観光鉄道」 pp. 16-17

    • 「嵯峨野観光鉄道 今を走る車両カタログ」 pp. 32




Web資料



  • “座席のご案内”. 嵯峨野観光鉄道. 2018年2月4日閲覧。

  • “運行スケジュール”. 嵯峨野観光鉄道. 2018年2月10日閲覧。

  • “嵯峨野トロッコ ストーブ列車2015”. 嵯峨野観光鉄道. 2018年2月4日閲覧。

  • “嵯峨野観光鉄道物語”. 嵯峨野観光鉄道. 2018年2月10日閲覧。

  • “京滋乗り物図鑑 嵯峨野トロッコ列車”. 京都新聞 (2009年3月23日). 2018年2月4日閲覧。

  • “外国人観光客の〝ドル箱〟ツアーになった京都・トロッコ列車 USJから流入…2年連続100万人突破の秘訣”. 産経WEST(産経新聞) (2015年1月13日). 2018年2月11日閲覧。

  • “京の“底冷え”対策完了 京都・嵯峨野トロッコ列車に「だるまストーブ」あすから運行”. 産経WEST(産経新聞) (2015年2月28日). 2018年2月18日閲覧。







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