北茨城市

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きたいばらきし 北茨城市 | |||||
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![]() 五浦海岸 | |||||
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国 | ![]() |
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地方 | 関東地方 |
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都道府県 | 茨城県 |
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団体コード | 08215-5 |
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法人番号 | 4000020082155 |
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面積 | 186.80km2 |
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総人口 | 42,681人 [編集] (推計人口、2018年10月1日) |
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人口密度 | 228人/km2 |
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隣接自治体 | 高萩市 福島県:いわき市、東白川郡鮫川村、塙町 |
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市の木 | マツ |
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市の花 | シャクナゲ |
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市の鳥、魚 | カモメ アンコウ |
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北茨城市役所 | |||||
市長 | 豊田稔 |
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所在地 | 〒319-1592 茨城県北茨城市磯原町磯原1630番地 北緯36度48分6.8秒東経140度45分3.7秒 ![]() |
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外部リンク | 公式ウェブサイト |
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■ ― 市 / ■ ― 町・村 | |||||
特記事項 | 世帯数:17,315世帯(2007年8月1日) |
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ウィキプロジェクト |
北茨城市(きたいばらきし)は、関東の北部、茨城県の北東部にある市。
目次
1 概要
2 地理
2.1 隣接している自治体
3 歴史
3.1 沿革
3.2 行政区域変遷
4 人口
5 行政
6 経済
6.1 工業
6.2 漁業
6.3 金融業
6.4 郵便
6.5 商業
7 主な学校
8 交通
8.1 鉄道
8.2 路線バス
8.3 高速バス
8.4 道路
9 名所・観光地・祭り
9.1 名所・観光地
9.2 祭り
10 出身有名人
11 姉妹都市・提携都市
11.1 国内
11.2 海外
12 その他
13 関連項目
14 脚注
15 参考文献
16 外部リンク
概要
茨城県の最北端で、律令時代には東海道の最北端でもあった。
20世紀頭になると、久原房之助が常磐炭田の運営に乗り出し、炭鉱町として発展した。炭鉱町の時期は、高度経済成長期まで続いた。
常磐線・国道6号・常磐自動車道が縦断し、南の水戸市までは57キロメートル (km)、日立市までは25 km、北のいわき市平までは38 km、いわき市小名浜までは25 kmである。このため、県境を越えたいわき市との関係も親密であり、観光面でも、県内の他の市町村とよりも、いわき市と提携する傾向が強い。又、いわき市の小名浜以南では、北茨城市の景勝案内が随所で見られる。商圏では、概して日立や平への傾斜が目立つ[1]。
野口雨情の出身地であり、岡倉天心が愛でた五浦海岸を抱えるなど、美的な景勝地が多い。天心と親交のあったインドの詩人タゴールも訪れている。
地理
市域は北西に細い角を伸ばす三角形をしており、北がいわき市、南が高萩市、西の端が鮫川村と塙町に接する。市域の大半は低い多賀山地の山林である。東に太平洋に面し、市街は海岸沿いの平地にある。北西部の花園山から花園川が南東に下り、海岸近くで大北川に合流する。大北川は西の高萩市から来て太平洋に注ぐ。北部では里根川が北西から南東に流れる。花園山は分水嶺で、山の西はいわき市の鮫川水系に属する四時川の上流部となっている。
山:和尚山(804.0)、栄蔵室(881.6)、花園山(798)、鷹巣山(559.4)、高帽山(431)
川:里根川、大北川、花園川、木皿川、四時川
湖沼・ダム:水沼ダム
隣接している自治体
- 茨城県
- 高萩市
福島県
- いわき市
東白川郡鮫川村
- 東白川郡塙町
歴史
沿革
1828年(文政11年)5月 - イギリスの捕鯨船員が大津港に上陸。
1897年(明治30年)2月25日 - 日本鉄道磐城線(現在の常磐線) 水戸 - 平(現・いわき)間が開業。
1956年(昭和31年)3月31日 - 多賀郡磯原町、大津町、関南村、関本村、平潟町、南中郷村の6町村が合併・市制施行した。当初は茨城市とすることになっていたが、県内の他の市町村からの反対により、同日付で北茨城市に改称した。理由には、県庁所在地と誤解を受けるおそれがあること、大阪府茨木市と同音になることも挙げられている。
1988年(昭和63年)3月24日 - 常磐自動車道北茨城ICが供用開始。
2011年(平成23年)3月11日 - 東日本大震災による津波により、沿岸部で甚大な被害が発生した。
行政区域変遷
- 変遷の年表
北茨城市市域の変遷(年表) | ||
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年 |
月日 |
現北茨城市市域に関連する行政区域変遷 |
1889年(明治22年) |
4月1日 |
町村制施行に伴い、以下の町村がそれぞれ発足。[2]
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1925年(大正14年) |
1月1日 |
北中郷村は町制施行・改称し磯原町となる。 |
1955年(昭和30年) |
4月1日 |
華川村は磯原町と合併し磯原町が発足。 |
1956年(昭和31年) |
3月31日 |
磯原町・大津町・関南村・関本村・平潟村・南中郷村が合併し茨城市が発足。
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1957年(昭和32年) |
7月1日 |
日棚の一部が高萩市に編入。 |
- 変遷表
北茨城市市域の変遷 | ||||||||
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1868年 以前 |
明治元年 - 明治22年 |
明治22年 4月1日 |
明治22年 - 昭和19年 |
昭和20年 - 昭和64年 |
平成1年 - 現在 |
現在 |
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豊田村 |
北中郷村 |
大正14年9月1日 磯原町に町制改称 |
昭和30年4月1日 磯原町 |
昭和31年3月31日 茨城市 即日改称北茨城市 |
北茨城市 |
北茨城市 |
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磯原村 |
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大塚村 |
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木皿村 |
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上相田村 |
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内野村 |
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下相田村 |
華川村 |
華川村 |
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車村 |
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中妻村 |
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小津田村 |
明治元年 上小津田村 |
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明治元年 下小津田村 |
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小豆畑村 |
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臼場村 |
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花園村 |
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大津村 |
大津町 |
大津町 |
大津町 |
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平潟村 |
平潟町 |
平潟町 |
平潟町 |
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関本下村 |
明治元年 関本下村 |
関南村 |
関南村 |
関南村 |
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明治元年 仁井田村 |
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神岡下村 |
明治元年 神岡下村 |
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明治元年 神岡上村 |
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山小屋村 |
関本村 |
関本村 |
関本村 |
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才丸村 |
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山小川村 |
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関本中村 |
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八反村 |
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関本上村 |
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福田村 |
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小野矢指村 |
南中郷村 |
南中郷村 |
南中郷村 |
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粟野村 |
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松井村 |
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足洗村 |
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石岡村 |
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上桜井村 |
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下桜井村 |
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日棚村 |
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昭和32年7月1日 高萩市に編入 |
高萩市 |
高萩市 |
人口
![]() | |
北茨城市と全国の年齢別人口分布(2005年) |
北茨城市の年齢・男女別人口分布(2005年) |
■紫色 ― 北茨城市 ■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 |
北茨城市(に相当する地域)の人口の推移![]() ► | |
総務省統計局 国勢調査より |
行政
- 市長:豊田稔(1990年11月~1995年3月、2007年6月~。5期目)
経済
工業
JX金属 磯原工場 - 非鉄金属
NOK (企業) 北茨城事業場 - 輸送用機器、東京証券取引所市場第一部上場
オート化学工業 北茨城工場
日亜鋼業 茨城工場 - 鉄鋼、東京証券取引所市場第一部上場
日東電気 磯原工場
扶桑薬品工業 茨城工場 - 医薬品、東京証券取引所市場第一部上場
ユニマテック 第一工場 - 化学
スリーエム ジャパン プロダクツ 茨城事業所
漁業
- 平潟漁港
- 大津漁港
東日本大震災で被害を受けた大津漁港
金融業
銀行・信用金庫
常陽銀行2支店
筑波銀行1支店
水戸信用金庫1支店
茨城県信用組合1支店
中央労働金庫1支店
郵便
北茨城郵便局(集配局)- 大津郵便局(集配局)
- 大津西町郵便局
- 南中郷郵便局
- 大塚郵便局
- 平潟郵便局
- 橋場郵便局
- 北茨城華川郵便局
- 関本郵便局
商業
磯原地区が商業の中心であるが、商店街が鉄道によって東西に分断されていること、店舗密度が低いこと、歩道や駐車場整備が不十分なことなどの要因から、日立や平へ購買力が流出している[1]。
主な大型店
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