美しきエレーヌ








美しきエレーヌ』(フランス語: La belle Hélène, ドイツ語: Die schöne Helena )は、ジャック・オッフェンバックが1864年に作曲し、同年12月17日にパリのヴァリエテ座で初演された全3幕のオペレッタ。


物語は、トロイア戦争の原因となったパリスによる絶世の美女スパルタ王妃ヘレネの誘惑の話をパロディー化したもの。神話をたたき台にして、第二帝政下で問題となっていた人妻の不倫や社会的地位のある人々の放蕩ぶりを風刺している。


オッフェンバック作品の中では『地獄のオルフェ』(天国と地獄)と並んでヨーロッパでは人気作品。フランス語版、ドイツ語版共にDVDにもなっていて、日本でも手に入る。台本はオッフェンバック作品を数多く担当したアンリ・メイヤック(英語版)リュドヴィック・アレヴィ(英語版)で、このコンビは後に『パリの生活(英語版、フランス語版)』や『ジェロルスタン女大公殿下(英語版、フランス語版)』(『ブン大将』)でも台本を担当し、オッフェンバックと彼ら2人は名トリオとして一世を風靡した。また、彼らはビゼーのオペラ『カルメン』(1875年)の台本や、ヨハン・シュトラウス2世のオペレッタ「こうもり」の原作となった戯曲『夜食』(1872年)も書いていることでも知られる。




目次






  • 1 モデルをめぐって


  • 2 作品のデータ


  • 3 構成


  • 4 登場人物


  • 5 あらすじ


    • 5.1 第1幕


    • 5.2 第2幕


    • 5.3 第3幕




  • 6 聴きどころ


  • 7 DVD


    • 7.1 舞台


    • 7.2 映画




  • 8 余談


  • 9 参考文献





モデルをめぐって


初演当初からこの作品に出てくる人物たちについて、誰をモデルにしているのかという様々な憶測をたてられた。特に近年にいたるまでタイトルのエレーヌのモデルではないかと噂された女性に、ナポレオン3世の皇后ウジェニーがいる。第二帝政を代表する美女としてその名をはせた皇后は、スペイン出身ということもあって、マリー・アントワネットが「オーストリア女」とフランスの国民から憎まれたように、オッフェンバックがこの作品を作曲した頃には「スペイン女」と呼ばれて、国民の人気が無かった。そのため、ありとあらゆる悪意のある噂を流されていた。その中の1つが不倫をしているという噂であった。この噂は皇后の敵達によって散々吹聴されたものであったが、実際のところはまったくの事実無根であることが、現在では証明されている。夫ナポレオン3世は無類の女好きとしてヨーロッパ中で有名であったが、皇后のほうは信心深く、夫婦間の貞操を固く信じる女性であった。このことからも、近年の研究ではエレーヌのモデルは特定の個人ではなく、結婚はしたものの、政略結婚や家同士の釣り合いを考えたものであるが故に愛情はほとんどなく、夫婦それぞれ勝手気ままに愛人を作っていた、当時の上流社会の人々であるという説が一般的である。



作品のデータ



  • 台本:アンリ・メイヤックとリュドヴィック・アレヴィ

  • 作曲:ジャック・オッフェンバック(1864年)

  • 初演:1864年12月17日 パリ、ヴァリエテ座

  • 物語の舞台:古代、ギリシアのスパルタ



構成



  • 序曲

  • 第1幕 神託、スパルタのジュピテール(ゼウス)神殿前広場

  • 第2幕 双六賭博、王妃の館

  • 第3幕 ヴェニュス(アフロディテ)のガレー船、ナウプリアの海岸



登場人物



  • パリス(テノール) - トロイア王プリアモスの息子

  • メネラウス(テノール) - スパルタ王

  • エレーヌ(ソプラノ) - メネラウスの妃。いわゆる「トロイのヘレネ」


  • アガメムノン(バリトンまたはバス) - ミケーネ王。メネラウスの兄

  • オレスト(メゾ・ソプラノ) - アガメムノンの息子。オレステスとも言う。この作品では親の金で遊びまわる放蕩息子として描かれる

  • カルカス(バス) - ジュピテール神殿の神官


  • アキレウス(テノール) - フティオリデスの王

  • アジャックスI(テノール) - サラミス王。別名大アイアース

  • アジャックスII(テノール) - ロクリエン王。別名小アイアース

  • フィロコム(台詞) - アポロン神殿の召使

  • パルテイス(台詞) - コリントの遊女

  • レーナ(台詞) - 同じくコリントの遊女



あらすじ



第1幕


ジュピテール神殿前広場では人々が集まって供物を捧げている。そこへ神官のカルカスが召使のフィロコムと共に現れ、最近はジュピテールも影が薄い、今人気があるのは「パリスの審判」で見事最も美しい女神と認定されたヴェヌスだとぼやく。そこへ若い娘達が祈りを捧げるためやってくる。今日はヴェヌスの恋人アドニスの命日である。その後からエレーヌ(ヘレネ)が侍女二人を従え登場、「愛をお与え下さい」と切望しながら歌う(アリア「神聖な恋 Amours divins !」)。


若い娘達が神殿に入るとエレーヌはカルカスを呼び止め、「パリスの審判」のことを聞きだし、ヴェヌスが世界一の美女を約束したという話はどうなったのと言う。その美女はあなた様ですよねとカルカスは答える。それに対してエレーヌは、私は白鳥に化けたジュピテールとレダの娘、メネラウスと結婚するまでは色々あったけど今は平凡に彼の王妃をしてるわ、でも「パリスの審判」で夫を裏切る事になりそうと嬉しそうに語る。そこへアガメムノンの子で遊び人のオレスト(オレステス)が遊女のパルテイスとレーナを連れてやってきて、どんなに遊んでも国がお金を払ってくれると賑やかに歌う(オレストのクプレ「今夜はラヴィリンスのパブで夕食を Au cabaret du labyrinthe」)。


これだから国家予算の使途不明金が増えるとあきれるカルカス。オレストはアドニス祭礼に参加したいと言い出すが、カルカスはそれは困るとばかりに言葉巧みに説得して追い返す。カルカスが神殿に入ろうとすると、そこへ美しい羊飼いがヴェニュスの手紙を持ってやってくる。誰であろうこの羊飼いこそパリスその人である。手紙にはエレーヌとパリスが結ばれるように良きに計らえと書いてあった。ミーハーなカルカスはあなたがあの有名なパリス王子。では、「パリスの審判」の事を話してくださいよと求める。それに答えパリスは事の顛末を話す(「イダ山の上で Au mont Ida」)。


そして神殿からエレーヌが出てくる。美しい青年に魅了されるエレーヌ。パリスは私はただの羊飼い。今日ここで開催されるクイズ大会に出ると語る。そこへ各国の王様がやってくるのでエレーヌは支度のために去る。民衆が集まり、そこへ二人のアジャックス(大アイアース&小アイアース)、アキレウス、メネラオス、そしてアガメムノンがそれぞれの自己紹介をしながらやってくる(王様達の行進とクプレ)。


それが終わるとカルカスがクイズ大会の開始を告げる。そして、並み居る強豪を打ち負かしてパリスが優勝する。羊飼いなんかに負けたと悔しがる王様達。一方パリスは自分の身分を明かす。驚くエレーヌは、彼が「リンゴの若者」だったのねと喜ぶ(アンサンブル「リンゴの若者だわ L’homme à la pomme !」)。


身分の高い人だと知ったメネラウス王はパリスを宮殿に招く。そこへ突然雷鳴がとどろき、「メネラウスは今すぐクレタ島に行って、4週間滞在するべし」という神託が下る。もちろんこれはカルカスの陰謀で発電機を使って雷鳴をおこし、神託を捏造したのだ。嫌がるメネラウスだったが、結局皆に促されて行くことになる。これはチャンスと喜ぶパリス。エレーヌはメネラウスはかわいそうだけどこれも運命よとつぶやく。全員の「クレタ島へ行け」の合唱で幕。



第2幕


エレーヌは今夜のパーティを前に身支度をしている。そこへパリスが来たことが告げられる。夫とパリスのどちらを選ぶかを迫られている彼女は悩み、これもヴィーナスのせいよとばかりに彼女を非難するアリアを歌う(ヴィーナスへの祈願「私は金髪のエレーヌ On me nomme Hélène la blonde」)。


そこへパリスが現れ、ヴェニュスは世界一の美女を約束した、僕と一緒に来てくれますか、と言う。しかし、エレーヌは内心まんざらでもないが、世間体や夫の事を考えると素直にハイとはいえない。そこでパリスは一計を案じることにする。そこへ侍女がやってきて王様達のカード大会が始まると告げる。こうしてカード大会が始まるが、山場になるとカルカスが八百長をするので、しまいには怒った人々が金を返せ、と彼を吊るし上げ、カルカスは逃げ出す(カード勝負のアンサンブル)。


人々が彼を追って退場するとエレーヌ一人だけになる。そこへうまく追っ手を巻いたカルカスがやってくるので、エレーヌは彼にパリスと夢の中で会えるように魔法をかけるよう頼む。神官は彼女を寝かせて去る。そこへパリスが忍び込んでくる。エレーヌは目を覚ますが夢の中だからとばかりに彼の誘惑に乗って抱かれる(二重唱「夢の中の愛」)。


しかし、突然メネラウスが帰って来てしまう。エレーヌはこれは夢じゃなかったのねと狼狽する。夫の方は妻が私を裏切った!!と訴える。騒ぎを聞きつけた人々がやってきて、メネラウスが戻っている事に驚く。夫は妻の浮気現場を押さえた、私の名誉は傷ついたと訴えるも、皆はそれは君にも責任がある、賢い夫は妻がきちんと迎えられるように事前に知らせるもんだと諭す(「旅から帰る夫の心得は Mari sage est en voyage」)。


メネラウスは今度からきちんとするので今回はどうにかしてくれとアガメムノンに泣きつく。アガメムノンはパリスに出て行けと叫ぶ。パリスは何を言う、エレーヌが僕のものになる事はホメロスにだって書いてあるよとぼやく。しかし、エレーヌは危険だから早く逃げてと彼を促す。そして、それぞれの思いのたけを歌う激しいコンチェルタートで幕(第2幕のフィナーレ)。



第3幕


前幕でパリスを追い出したことは、ヴェヌスの怒りに触れてしまう。ヴェヌスはギリシャの女たちを快楽に飢えさせ、すべての妻に夫を捨てさせた、とオレステスが歌う。そこエレーヌとメネラウスが現れる。エレーヌにパリスとのことをしつこく聞く夫にうんざりした彼女は怒って去ってしまう。これを見たアガメムノンとカルカスは今やギリシャは快楽と乱痴気騒ぎにとち狂っている、このままでは国が危ない、ヴェヌスに詫びを入れるべきだとメネラウスを説得する(愛国の三重唱「ギリシャが戦場になれば Lorsque la Grèce」)。


メネラウスは、わかっているだからこそヴェヌスの生まれ故郷シテール島(キティラ島)の神殿の大神官に手紙を書いたと言う。その時海からキンキラキンに飾り付けられたガレー船がやってくる。大神官が到着したのだ。彼はメネラウスにヴェヌスの怒りを静めるためにエレーヌがシテール島へ行って白い仔牛100頭を捧げろと告げる。それですむならとメネラウスはエレーヌを呼ぶが、エレーヌは嫌がる。すると大神官が語りかける。僕はパリスです、これでも行くの嫌がるの?と。喜ぶエレーヌはこれも運命とばかりに船に乗り込む。かくして船は出港し、船上でパリスは正体を現し叫ぶ、「エレーヌはいただいていく。彼女は僕のもの」と。だまされたことを知ったメネラウスたちはトロイアに復讐しに行くぞ!!と合唱し、幕(第3幕のフィナーレ)。



聴きどころ




  • アリア「神聖な恋 Amours divins ! エレーヌ登場の歌。女声合唱とソプラノの響きが美しい


  • パリスのクプレ「イダ山の上で Au mont Ida パリスの審判の顛末を歌ったもの。緩やかで牧歌的なメロディが印象的。独立して演奏されることも多い


  • 王様達の行進とクプレ * 初演の時から最も人気がある歌。1880年のオッフェンバックの葬儀の時にも演奏され、大勢の人々が彼を偲んだ。


  • アンサンブル「リンゴの若者だわ L’homme à la pomme ! ただひたすら「リンゴの若者だわ!」をくり返す。最後はヨーデルのリズムになる。笑える歌唱の一つ


  • ヴィーナスへの祈願「私は金髪のエレーヌ On me nomme Hélène la blonde よろめきたくてもできない、複雑な女心を歌った美しいロマンス


  • カード勝負のアンサンブル - カード勝負の様子を歌で描写。最後のカルカスへの「金返せ」の合唱は笑える


  • 二重唱「夢の中の愛」 - パリスとエレーヌの愛の二重唱。美しく幻想的なメロディーが有名。


  • 第2幕のフィナーレ - イタリア・オペラのフィナーレのパロディーなのだが、劇中のハイライトともいうべき名シーン


  • 愛国の三重唱「ギリシャが戦場になれば Lorsque la Grèce ヴェルディのオペラに出てくるイタリアへの愛国心を歌ったものへのパロディである。



DVD



舞台


DVD『喜歌劇 美しきエレーヌ』【2003年7月24日発売】



  • 指揮:マルク・ミンコフスキ

  • 演奏:ルーブル音楽隊(グルノーブル)及び同合唱団

  • 配役:フェリシティ・ロット(エレーヌ)、ヤン・ブーロン(パリス)

  • 収録:2000年10月16日~22日、パリ・シャトレ座(ライブ)

  • 言語:フランス語

  • 発売元:TDKコア

  • 販売:キングレコード



映画


DVD『ユニテル・オペレッタシリーズ1 ジャック・オッフェンバック「美しきヘレナ」(美しきエレーヌ)』(映画版)【2004年4月21日発売】



  • 指揮:フランツ・アラーズ 

  • 演奏:シュトゥットガルト放送交響楽団及びシュトゥットガルト南部放送合唱団

  • 配役:アンナ・モッフォ(ヘレナ)、ルネ・コロ(パリス)

  • 製作:1974年(オールセットだが映画形式で撮られている)

  • 言語:ドイツ語

  • 発売元:ユニテル

  • 販売:ドリームライフ



余談



  • 『美しきエレーヌ』に対抗して、フランツ・フォン・スッペが『美しきガラテア』というオペレッタを作曲している。

  • このオペレッタにちなみ、洋梨のコンポートにアイスクリームを添えてチョコレートソースをかけたデザートを「ベルエレーヌ」(en)という。エスコフィエが考案したとされる。



参考文献




  • ダヴィット・リッサン著「オッフェンバック―音楽における笑い」 音楽之友社 2000年


  • ジークフリート・クラカウアー著「天国と地獄―ジャック・オッフェンバックと同世代のパリ」 筑摩書房 1995年


  • 永竹由幸著「オペレッタ名曲百科」 音楽之友社 1999年









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